企業組合として

 “環境や建築”をつくるという行為は、専門化された人達の共同による英知の上に成り立つものです。創造活動の原点は、個人の自由の保証にあります。又、建築がつくりだす環境は安全性、美観性等個人の領域を越えた公共性を持っており、建築に携わる組織が利益追求だけを第一義とすることは馴染まないと考えております。
個人の自由な意思により組織の一員として経営に参画し、その組織の主たる理念を「自主共同、相互扶助」とする企業組合は、建築事務所の使命と一致を見るものであり、私たちは創立期からの意思を現在に引き継いでいます。

 
おいたち、針谷建築事務所

 針谷建築事務所の歴史は、1946年 1月、戦後の焦土から瓦礫の山を取り除く戦災復興と、自らの生活の立て直しを図り、民主的な理想の職場をつくり、社会に還元しようという理念を持った『静岡建設勤労自治会』の創立に始まります。

戦後の復興期に量産化できる建設省指定「自治会型ロ−コスト住宅」の開発が、建築事務所としての初期の仕事でした。大衆娯楽代表映画がブ−ムとなり、静岡県東・中部の映画館の大半の設計監理を手掛け、全国の先駆け静岡中心市街地都市不燃化整備計画に参画し、都市・建築に対する基本理念、業務姿勢、所内の協同設計体制などが確立され、設計事務所へと昇華していったのです。
その間、企業組合という新しい組織形態ができ、自分たちとの理念の合致点を見、『静岡自治企業組合』と改組。後、設計事務所として現在の『Creative Cluster 創造する集団』企業組合針谷建築事務所にいたりました。

 
市民活動としての建築展

 1966年、創立20周年記念行事として、第1回建築展を開催しました。これは、建築設計の業務内容がいまだに市民一般に理解されにくい状況にあって、少しでも理解を深めてもらおうと初めて外に踏み出したアピ−ル行動でした。その活動は、市民の関心を呼び起こそうと静岡刑務所跡地利用計画、中心市街地活性化計画、まちづくり環境整備への提言、静岡市駅前計画、東静岡貨物駅跡地構想など多岐に渡り、いくつかが現実となり整備が進行している様を見ることができます。今日まで、5年毎に開催し、1996年創立50周年記念行事では第7回建築展を開催いたしました。