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針谷建築事務所の歴史は、1946年 1月、戦後の焦土から瓦礫の山を取り除く戦災復興と、自らの生活の立て直しを図り、民主的な理想の職場をつくり、社会に還元しようという理念を持った『静岡建設勤労自治会』の創立に始まります。
戦後の復興期に量産化できる建設省指定「自治会型ロ−コスト住宅」の開発が、建築事務所としての初期の仕事でした。大衆娯楽代表映画がブ−ムとなり、静岡県東・中部の映画館の大半の設計監理を手掛け、全国の先駆け静岡中心市街地都市不燃化整備計画に参画し、都市・建築に対する基本理念、業務姿勢、所内の協同設計体制などが確立され、設計事務所へと昇華していったのです。
その間、企業組合という新しい組織形態ができ、自分たちとの理念の合致点を見、『静岡自治企業組合』と改組。後、設計事務所として現在の『Creative Cluster 創造する集団』企業組合針谷建築事務所にいたりました。
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